アクロイド殺し (アガサ・クリスティー)

 

「いっしょに、からまつ荘に行っていただけますか?」

「からまつ荘に?」わたしは驚いて問い返した。

「あの風変りな小男に会いに?」キャロラインが大きな声でいった。

「ええ。あの方がどういう人か、ご存じでしょう?」

「引退した理容師だろうと想像していたんだが」

 フローラの青い瞳がまん丸に見開かれた。

「まあ、あの人はエルキュール・ポアロですよ!

 

 

 私がこれまで読んだミステリーの中で、これほど驚愕させられたものはありません。ミステリーの中では古典の部類に入るものでしょうが、もっとも好きなものですし、アガサ・クリスティーという作家のすごさを知り、彼女の作品にはまっていくきっかけになった本です。もう、本当に素晴らしい。

 作家のキャリアの中での初期のほうに書かれたもの、とのことですが、彼女がどれほどの名声を得たのか、想像もできません。

 作品の完成度、プロットの組み立て、小道具の出し方、登場人物の登場とアクション、読者を飽きさせない筆力。すべてが完璧なバランスで成り立っています。そして、クリスティー独自の人物描写がこれほど生き生きと出ているのも、物語の魅力でしょう。娘に恋するブラント少佐やシェパード先生の姉、キャロラインには本当に笑ってしまいました。後から思えばこうした登場人物が、事件の最後に浮かび上がる悲しみといい対比をなしていたなと、思います。

 生き生きとした登場人物たちが現れ、それを楽しく追っていきながらも、ポアロの推理は進んでいき、読者にその尻尾もつかませません。いったい誰がアクロイド氏を殺したのか、事件の裏で手を引いているのは誰なのか。

 

 

 

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)